令和最初の国民的ヒット漫画となった『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)が5月18日発売の「週刊少年ジャンプ」24号で約4年3か月の連載に幕を閉じた。
2019年4月からアニメ版がスタートしたことで一気にブレイクを果たし、累計発行部数は一気に増加。ブームの真っ只中での原作の終了に「完結まで早い」との声がTwitter上でかなり上がっており、僕自身も早いなと言う印象を受けた。
しかし『鬼滅の刃』は本当に他のジャンプ作品よりも終わるのが早かったんだろうか。
結論から先にいうとそれほど早いわけではない。
『鬼滅の刃』と同じくアニメ化された「少年ジャンプ」のマンガは1969年の『男一匹ガキ大将』に始まり、2019年放送された『鬼滅の刃』『ぼくたちは勉強ができない』まで87作品。うち既に完結している作品は73作品だ。
『鬼滅の刃』は12月末に発売される23巻が最終巻となる予定。先ほど挙げたジャンプのアニメ化作品の中で『鬼滅の刃』より長い、23巻を超える作品は73作品中37作品だった。
※注『キン肉マン』のように続巻まで期間が空いたものや『キャプテン翼』のように期間をあけての続編シリーズは巻数に加えていない。
『鬼滅の刃』よりも短かった作品は?
▲アニメ化したジャンプ作品の散布図。縦軸が巻数、横軸が年代、星が『鬼滅の刃』
まず『鬼滅の刃』よりも長かった作品だが、ジャンプ最長『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(200巻)を筆頭に、『銀魂』(77巻)、『BLEACH』(74巻)、『NARUTO』(72巻)と、2000年代のジャンプを支えたエンドレスエイトな作品。
他にも『ど根性ガエル』『キン肉マン』『ドラゴンボール』『シティーハンター』『魁!!男塾』『BφY』『トリコ』『火ノ丸相撲』など37作品が名前を連ねる。
『鬼滅の刃』と同じく23巻で終了した作品は『封神演義』『ヒカルの碁』『魔人探偵脳噛ネウロ』の3作品。
『鬼滅の刃』より短った作品は『幽☆遊☆白書』(19巻)、『BLACK CAT』(20巻)、『DEATH NOTE』(12巻)、『めだかボックス』(22巻)、『暗殺教室』(21巻)、『バクマン』(20巻)など33作品がある。
アニメ化作品の平均は29.11、中央値は23.5。数字でみれば『鬼滅の刃』はけしてジャンプ作品として短いわけではなく、標準の範囲だ。
なお冨樫義博の『レベルE』は3巻で完結とアニメ化作品の中でもっとも巻数が少なかった。
「早い」と感じた原因はヒットの構造?
では『鬼滅の刃』はなぜ終わるのが早いと感じたのだろうか。
その原因の一つはアニメをきっかけにした大ブレイクであったことが挙げられる。
『鬼滅の刃』のアニメ化が発表された時点での累計発行部数は250万部だったが、アニメが始まると大ヒット。現在では6000万部を超えるメガヒットとなっている。
この数字はアニメやブームになったことをきっかけにここ1年余りで新規読者になった人が圧倒的に多いことを示している。
連載当時からの読者ではなく、2020年に入ってから単行本を買い始めた人も少なくないため「終わるの早いんじゃ」との感想をもっても何ら不思議はない。
理由は作品の構造にも
さらに「努力・友情・勝利」とは違う闇のジャンプイズム「作品の引き伸ばし」がなく、間延び感がなかったのも『鬼滅の刃』が早く終わったと思われやすい理由だ。
ジャンプのバトル漫画と言えば
【強敵出現→主人公たちが破れる→修行→撃破→さらに強い敵出現】
のループが繰り返される、俗に言う「パワーインフレ」がよく起こる。
パワーインフレは漫画の連載を続けるため、読者の興味を引き続けるための新たな強敵投入、「○○編」と新章突入でよく見られる。
この手法は非常に劇薬で、日本を代表するジャンプの漫画家たちをもってすら「えっ、あのキャラが人類最強だったのでは…」など物語に破綻が生じることがしばしば。ネット上で読者からツッコミが入れるシーンはすっかり見慣れた光景で、漫画への引き伸ばしの印象はこの強敵投入と物語の破綻によるところが大きい。
例えば『鬼滅の刃』と巻数が近く、同じバトル漫画といえる『北斗の拳』(27巻)を強敵でざっくり分けると次のグラフになる。
最初の宿敵は恋人ユリアをさらったシンだが、単行本2巻の段階で死亡する。原作者の武論尊は短期打ち切りを考慮しシンに色々なものを背負わせたが、『北斗の拳』は人気が出たためシンを殺して続行。その後にラオウが登場し、コミックス15巻までラオウとケンシロウを中心に物語は進む。
定年となったサラリーマンが送別会で言いそうなセリフランキング1位として知られる「我が生涯に一片の悔いなし」の言葉とともにラオウは天に消えたが、少年ジャンプ編集部は『北斗の拳』を消させる訳にはいかなかった。
原作の武論尊はラオウ編で終わるつもりだったが、編集部の要請で翌週から2部のカイオウ編がスタートする。この2部について不本意だったようで、武論尊は『北斗の拳』の公式インタビューで次のように答えている。
強引に始めたお陰でストーリーが破綻してると思ったから、第2部で自分がなにを書いたかを完全に消した。だからそれ以降、インタビューで第2部のことを聞かれても「覚えてない」って言ってね。
ラオウ編以降もファルコ、カイオウと強敵は出るもののラオウ編ほどの印象は薄く、間延び感もある。
現在ジャンプSQ.にて北海道編が連載されている『るろうに剣心』。少年ジャンプでの連載は全28巻だ。
最強の敵である志々雄真実との死闘が繰り広げられる京都編が印象に残っているが、主人公・剣心の過去の清算と言える人誅編も同じくらいのボリュームがある。
人誅編の敵・雪代縁は志々雄真実より強いわけではなく、パワーインフレは起こっていないが、バトル漫画としての盛り上がりも京都編に負けており、今も語られるのは薫の“死”くらい。蛇足感は否めない。
実写映画では人誅編が描かれることが決まった一方、アニメは京都編までしか行われず、剣心が梅毒にかかる星霜編なる怪作まで生むこととなる。
2000年代の作品として、巻数は74巻と『鬼滅の刃』より長いものの『BLEACH』のグラフも作った。
作品に間延び感があるか否かはぜひ原作コミックスを読んでほしいが、藍染惣右介がもっとも印象に残っている敵ではないだろうか。
それにしても銀城って「幽☆遊☆白書」の仙水と被りますよね。
そして『鬼滅の刃』だが、主人公の炭治郎の家族を殺し、妹の禰豆子を鬼へと変貌させた最初の宿敵が鬼舞辻無惨であり、物語の最後まで無惨が最強最悪の敵だ。と言える。
先ほど挙げたジャンプ作品と違い「○○編」と分けられることがなく、『鬼滅の刃』全体が「無惨編」。徹頭徹尾、無惨。すごいぞ無惨。生への執着も強いぞ無惨。なぜ途中とつぜん女性になってたの、無惨。青い彼岸花を探した1000年以上の日々が無駄でも気にしないぞ無惨…と時折疑問を残しながら、無惨のパワーで一気に話が進んでいく。
さらに無惨は部下を大切にすることを知らない文字通りの鬼上司で、物語途中で「下弦の鬼」と呼ばれる中ボス級の敵を一気に4人粛清。主人公およびその仲間たちとのタイマンバトルによる回数稼ぎすら行わず、物語を一気にスピードアップさせた。
徹底的に引き伸ばしを否定してきた『鬼滅の刃』だが、僕らのジャンプへの妙な信頼は揺るがない。
無惨とのラストバトルが終盤に差し掛かっても、最終回が近いとアナウンスされても「現代漫画はマネタイズ第一。ジャンプ編集部が簡単に終わるはずがねえ」「どうせ次は現代編だろ」「政府は信用できない。集英社はもっと信用できない」と信じていなかった。
しかし、ファンが心のどこかで期待した「もうちっとだけ続くんじゃ」(by亀仙人)はなく、菅田将暉がオールナイトニッポンで語ったアメリカのデーモンハンターと鬼殺隊が登場する「アメリカ編」もなく、まるで21時前にゲームセットになったプロ野球のように、見る者に寂しさを残しながら、拍子抜けするほどあっさり終わった。
この去り際の綺麗さが、本来の回数以上に「早かったな」との印象を持たせたのではないだろうか。
先ほど挙げた『北斗の拳』のラオウ編はシン編と合わせて約15巻。『るろうに剣心』の京都編も約12巻だ。『鬼滅の刃』は23巻予定であり、伝説的なジャンプ作品よりも長く、一番面白い”無惨編”を届けてくれたといえる。
休みを挟まず、この傑作とともに一気に駆け抜けた”ワニ先生”こと吾峠呼世晴先生には頭が下がるばかりだ。まずは心ゆくまで休んでいただき、願わくは別の作品に出会える日が来ることを祈っている。
最後に『鬼滅の刃』の連載がジャンプ誌面で開始、そして終了するまでの約4年3か月の間、『HUNTER×HUNTER』が休載していた期間は約3年6か月だったことを記しておく。
僕は....まだ.... やりたいことが....
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